自分を理解してもらえてよかった。

このブログは理解しづらいかもしれません…。
理解してもらおうという努力のないブログです。

 

私は、堅いと思われがちで、まあ、実際堅いです。

実際、長く付き合って行くと、私の堅さって、結局単に堅いわけではないことを知っていただけるようになっていきます。

私の周りにいる人たちは、そういう人たちです。

現在、利用させていただいているホームページ等の写真は(言わなくてもわかると思いますが)プロにお願いしました。

写真撮影の日に、一緒にお昼を食べた時に、

「一見堅く見えるし、そうなんだけれど、本当は”なつっこい”人なんですね。」

というようなことを言われました。
(…もう少し丁寧なお言葉でした。)

その時は、「ふうん」という程度にしかわかってなかったです。

そういう言葉を投げてもらったからこそ、いろいろ考えが始まりますよね。

私が「堅い」理由。

すぐに打ち解けた感じにならないし、ずっと打ち解けた風にならない理由ってなんだろう。

ということを考えていました。

あれから、3年半。

ホームページをつくりかえることになりました。
私は、あの時、写真を更新する時も、そのカメラマンさんにお願いしたかったのでお仕事続けてください。とお願いしていました。

※もちろん私がお願いしたからお仕事されているわけではありませんが…。

でも、新しい会社とホームページ制作することになり、その制作一式に写真も入っているので、その方にお願いしないことになりました。

正式に、新しい会社と制作することが決まったので、その旨をそのカメラマンさんに伝えさせてもらいました。

そうしましたら、私の「想い」に対してとても理解と愛情のあるご返信をいただけました。

「堅い」者って理解されづらい面があるけれど、それを分かってくれている人ってありがたいと思いました。

 

最近「義理」という言葉を好きだという人がいました。

なんとなく、「義理」って建前っぽいイメージで特に好きではありませんでした。

でも、その方の話を聴いていると、その方のイメージする「義理」と私のイメージする「義理」が違うことが分かりました。

そして、その方のいう「義理」がまさに私の大切にしているものの一つだなと思いました。

「義」ではなく、私は「礼儀」「律儀」ではありますが、それらを大切にしています。

それを良いこととされますが、それらは「堅い」と思われることのが多いです。

だけれど、私にとって「礼儀」「律儀」は人に対して表せる私の優しい気持ちである…と言葉にして話せなかったけど、そういう感じです。

私も人間なんで、パーフェクトではありませんが、まあ大切にしています。

…この話にはオチとかないんで、ただ堅苦しいと思われている人に、言い訳です。

言い訳っていうと、男らしくないから、言い分?と言っておきます。

いや、本当にオチはないんですが、

このカメラマンさんに気持ちが通じてよかったと思ってWEBにLOGを残したかったんです。

 

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